アダ戦記

 先日のエスペリダス・オードの感想に続く、堤作品讃歌其の二。


 アダ戦記は全5巻の物語です。大まかなあらすじは以下の通りです。

 舞台は中つ星と呼ばれる世界。この星の人類は長年続く飢饉や干ばつ、さらに月鬼(つくおに)と呼ばれる怪物の跋扈によって、滅びの危機に瀕していた。
 その中つ星の国の一つ、高原の国の朔夜姫は宮廷の生活に不満を抱いていた。父王は既に亡く国の支配者は彼女であるが、政治の実権は全て占星術師達が握っており、国の疲弊した状況などは朔夜姫には一切伝えられていなかった。聡明な彼女は占星術師達の欺瞞を見抜いていたが、しかし彼女に出来る事は何もなく不満ばかりが募っていた。
 そんなある日彼女は、城の地下牢に閉じ込められた名も無き男と出会う。その名も無き男は、凶星の元に生まれ殺すのにも過ぎるほどの災いとされ、幼い頃から地下牢に幽閉されていたのだ。朔夜姫は言葉すらもろくに話せぬその男に『アダ』という名を付け、言葉を教え、そして彼を地下牢から解き放つ。
 自由の身となったアダ。善悪を知らぬ彼は荒廃した中つ星で何を見てどう学んでいくのか?
 中つ星を見守る白き月の精霊月波(つくは)は何ものにもとらわれない心を持つアダこそが中つ星を救う鍵だと考え、彼を導こうとするが…。

 この作品の一番の見所は、ラストです。
 中つ星の滅びはどうしても回避できない。そんな中で人類が生き延びるにはどうしたらいいのか?この難しい問いに堤氏が出した答えは素晴らしく、人類に対する深い信頼を感じました。この作品で示された人類が生き延びるための道筋、それはとても難しく、しかしこれ以上は無いほどの確かな道筋でした。その難しい道筋を希望として描いたところに堤氏の人類讃歌をみましたし、その希望がとてもゆっくりと、でも確かに胸に沁みたのです。
 非常に個人的な印象で恐縮ではありますが、堤氏はリアリストな理想主義者だと思います。このアダ戦記だけをみても、荒廃した星に暮らす人々の心の荒み様を様々な視点から描いています。そしてそれは決して否定的な描き方ではなく、むしろ肯定的ですらあります。状況によって荒んでしまう人の心を否定せずに受け止める現実的な視点があるのです。しかしそうした現実的な視点と同時に、希望を、理想を描きます。人の心の弱さを知っていてもなお、いえ、だからでしょうか、人の心の素晴らしさを希望を持ってラストに描くのです。
 そうした理想だけを見ない、でも現実に絶望しない、そんな堤氏の視点が好きで、私は堤抄子作品を読み続けています。


 堤氏の言葉の中で、私が一番好きなものをアダ戦記の4巻から以下に引用します。

人間は利己的な生き物ですが、
群れを作って生きる本能もあるわけで。
でも群れの本能がもっと強かったなら、
モラルや法律なんかきっと必要ないのになあ。
あらかじめ本能に組み込まれてて。
人間のバランスは不思議です。