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火垂るの墓の後継は、千と千尋の神隠し

アニメ 映画

考察「火垂るの墓」 〜清太と節子は戦時に生きたボニー&クライドだった〜
http://anond.hatelabo.jp/20110815025528

 最初から最後まで丸っと同意。何年か前にニートやってる時に火垂るの墓みて同じ事思いました。
 その頃お金の都合をどうつけたのかは覚えてないけどレンタル店で火垂るの墓千と千尋の神隠しを借りました。まず千と千尋の方を見て、千尋えらい!生きるために働く、当たり前のことを小学生にして実践している、すげー!ニートの私に言われたくはないだろうけど!と思いました。で、次に火垂るの墓の方を見たのです。
 まず、その時まで私が火垂るの墓に抱いていた感想を少し。小学生の頃に友達の家に泊まったときに金曜ロードショーでやってたこの映画を見たことがありました。友達のおじさんがいたりしたけれど、そんなのかまわずに大号泣。悲しく、美しい話だと思っていました。少なくとも最後にドロップ缶が投げられた草むらからホタルが舞い上がる情景を悲しく美しいと思っていました。
 ニートの時に火垂るの墓を借りたのだって、海外のアニメファンが火垂るの墓を見て大号泣しているというネットのまとめ記事を読んだから、久々に見直したいと思ったのがきっかけです。同時に、日本の美しさを見直すというのがマイブームだったので千と千尋の神隠しも借りました。
 で、千と千尋の神隠しを見て働く千尋を尊敬し、次の火垂るの墓で大号泣するつもりでした。でした。
 おばさんの家に引き取られる二人。おばさんの家で何もしない清太。そしておばさんの嫌味。子供の頃は嫌なおばさんだと思っていたし二人をいじめてるだけにしかとれなかったその言動は、母が度々私にいう小言と一緒のものでした。「働かん人と働く人のご飯がどうして一緒だと思えるの」。まったくもってその通り。子供でも働けることはある。家の手伝いとか、畑の手伝いとか、何でも。千尋は小学生でも自分にできることを一生懸命やってた。でも清太は働かない。おばさんの家を出た後は、あろうことか火事場泥棒までやってのけている。近くの畑のおじさんにおばさんの家に戻ったほうがいいと諭されても聞かない。節子が病気になっても何が何でも助けてやるという気概が見えない。で、最後に節子も自分も死んでしまう。
 子供の頃は「理不尽だー(T_T)」と思い戦争はいかんと思って大号泣だったけど、今見てみると必然でしかないこの結末。そして最後にDVDの特典コメンタリーで高畑監督が「これは現代の子供たちの物語」と言っていたのを聞いて得心が行きました。そしてその高畑監督の問題提起に対する答えが、宮崎監督の千と千尋の神隠しなのだろう、と感じました。


 それから数年。とりあえずパートではあるものの働き口を見つけ、ニートからフリーターへクラスチェンジしました。しかし今でもわからないのが、世間を知らない子供ならともかく当時バリバリ働いていたはずの大人たちまでこの映画を泣ける反戦映画だとして捉えていたことです。私の母は小学生で家事炊事の一切を引き受け、中学生になったら新聞配達、高校は行かずにすぐ社会に出た育ちをし、自分の子供にもガンガン家の手伝いをさせる人でしたが、それでもこの映画に苦言の一つも言わず見ていた。本当にそれが不思議でなりません。今日は家にいないけど、後日ちょっと話を聞いてみようかな?と思います。