龍安寺の石庭と秘密

 京都龍安寺の石庭というと、石が15個配置されているのにどの角度から見てもどれか一つは見えない石がある、ということで有名だ。
 ものごとは角度を変えて見てみることが大事であるというような言葉は、誰しも聞いたことがあるような教訓だが、この庭は、角度を変えてものごとを見ても必ず隠れてしまうことがあるということを教えてくれているように思う。同時に、全てを見渡せるのは天の神様だけだということも表しているのではないだろうか?逆に言えば、人の視線には限界があるのだ。
 しかしこれを踏み込んで考えてみると、人は秘密を持つことができるという、ある意味での救いに繋がらないだろうか?人の視線に限界があるなら、人に対する秘密を持つことができるのだ。それは必ずしも悪し様なことではない。秘密には良い一面もある。
 そしてさらに踏み込んで考えてみると、天にだけは秘密を持つことができないのである。それはやはり、人を救うことのように思うのだ。
 石庭の作者が何を考えてこの仕掛けを作ったのかは伝わっていない。これもまた秘密であり、秘密を石に例えることが出来るのならば、人の視線ではその全てを明らかにすることができないと庭が語っている。
 その秘密はきっと、秘密のままにしておくのが良いのだろう。