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絶対に正しいことに従うのが無敵だと思っていた

 昔、絶対に正しいことに興味があった。絶対に正しいことを見つけてそれに従って生きていれば、何も怖いことはないと思っていた。そうした生き方は無敵であり、きっと、とても楽になれると信じていた。
 だって、絶対に正しいってすごいよ。自分さえ間違えなければ、間違っているのは、悪いのは、みんな「奴ら」なんだから。私は何も悪くない。そう、私は何も悪くないの。だから、私は絶対に正しいことを知りたかった。そこを自分の軸にできたら、きっと今感じている苦しさから解放されるのだと信じていた。
 結論から言うと、絶対に正しいことなんてなかった。宗教の園まで探しに行けばあったのかもしれないけど、私はそこまでは向かわなかった。もう少し言うと、宗教の園以外にも絶対に正しいことを作ることはできたかもしれない。でも、その世界には他人が存在できないことに気がついた。だから、絶対に正しいことを探したり作り出したりすることは間違っているのだと思うようになった。
 そう思うようになったけれど、自分の心は苦しいままだった。何を拠り所にして立ったらいいのか分からなかった。
 そんな時、のちに夫となる人と再会した。そして、その人がかけてくれる優しい言葉を信じようと決めた。それらの言葉はまるで地獄に垂らされた一本の細い蜘蛛の糸のようで、しっかりと信じなければ千切れてしまうもののように思えたからだ。
 そして思いもかけず、その蜘蛛の糸は私の人生の拠り所になった。
 それは昔の私が探し求めていた、絶対的な何かではない。きっと今でも細い糸のままで、何かあったら千切れてしまうのだろう。それでも私はそれを信じることができる。この世界には、私の他に彼もいるのだから。
 絶対に正しいことがあると思っていた。それに従えば、何に怯えることなく生きていけるようになれると思っていた。
 でも、絶対に正しい何かにすがらなくても、隣にいる人に手を伸ばし、繋ぎあうことができるのならば、それだけでいいのだ。それができれば、未来の何が約束されなくとも生きていける。
 そう思う。