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高いもんがいいもんの理論

日常

 昔、『高いもんがいいもんの理論 叩き込まれて僕らは無敵』と歌ったのはMr.Childrenだった。そんなことを思い出した話である。

 今日、ケーキ屋さんで一人用のケーキを選んでいた。個人的にはフルーツに心が揺れていたので、色とりどりのフルーツが飾られたケーキを見比べてどれがいいか悩んでいた。だいたいどれも380円くらいの値段だった。

 けれどもそんな中、視界の隅に550円のケーキが目に入った。そのケーキは綺麗にデコレーションされた生クリームの上にシンプルにいちごが飾られたケーキで、それ以外のフルーツは見当たらなかった。

 けれども、こんなことを思ってしまった。380円のケーキにあれだけフルーツが使われているのだから、この550円のケーキには見えないところでもっとフルーツが使われているのかもしれない、と。

 そして結局、その550円のケーキを買ったのだ。

 結論を言うと、そのケーキにはいちご以外のフルーツは使われていなかった。

 なのになぜフルーツが多く飾られた380円のケーキより高かったのか?それを考えた時、生クリームが普通のケーキよりも濃厚に感じられた。

 きっと濃厚な生クリームを食べたい、という需要はあるのだろう。そしてこのケーキの価値は、おそらくそこだった。しかし、私が求めていたのはフルーツだったのだ。なのに私は値段でそこを見誤り、本当に食べたかったものが食べられなかった。

 このケーキは何も悪くない。悪かったのは、値段に眩んだ自分の目だ。

 今回はケーキだったから笑い話になるのかもしれない。けれども、値段だけで自分が求めるものがそこにあると判断するのは、勘違いも甚だしい。その値付けは、私のための値付けではないのだから。

 高いものは、多くの場合いいものなのだろう。けれどもそれが『自分にとって』いいものなのかどうかを判断できるのは、自分しかいない。

 そこで判断を誤らないように、普段から気をつけていきたい。