なにかのまねごと

A Journey Through Imitation and Expression

素人が絵を20年以上描いてきて

 私は絵の素人である。金銭を得て絵を描いている人間ではない、という意味だ。ただ、絵を描くという趣味は結構長く続けていて、もうかれこれ20年以上になる。小学校中学年の頃からの付き合いだ。
 そんな中で得たものや考えたものについて書き記したいが、とりあえずまとめだけ先に書く。
 まず、絵を描くのは楽しい。次に、技術をある程度得ないと分からない領域がある。そして、成長は裏切らない、ということだ。
 では、自分がどのように絵を描いてきたのか簡単に紹介しようと思う。

 まず、絵を描き始めたきっかけを。
 小学三年生の時、クラスのみんなでセーラームーンの絵を描いてみた。そうしたら、友達に上手だと言ってもらえた。その一言が嬉しくて、絵を描き始めたのだ。従姉妹にも絵を見せたら、漫画家になれるんじゃない?などと言われ、ますますその気になってしまい、この頃は漫画家になる気でいた。小学校高学年になってから入ったイラストクラブでも、自分より上手い奴はいないと天狗になっており、なんていうか痛い子だった。この頃は気合を入れて描く絵というのは、雑誌に載っているプロの絵の模写ばかりだった。
 そして中学校に進学し、自分よりも上手い同級生と出会って愕然とする。あの天狗になっていた私が明らかに負けたと思う絵なのだから、その同級生と私の間にはさぞ大きな溝があったことだろう。しかしそこで絵を止めたりはせず、もっと上手くなるぞと思って美術部という名の実質マンガ部に入り、そこで先輩方からマンガ用原稿用紙やGペンの使い方を教えてもらった。そして模写だけでなく、自分でポーズを考えたりして絵を描くことができるようになった。自分で構図を考えて絵を描くということができるようになっただけで、自分は物凄く上手くなった気がしたものだ。
 続いて高校。この時、私の絵にとってのエポックが訪れる。それは角川スニーカー文庫からでていたライトノベルラグナロクの表紙を見ている時に、ふと気がついたことだった。表紙には主人公のリロイというキャラクターが描かれているのだが、その肩。その肩は、服の中に肩パッドが入っていると気がついたのだ。それに気がついた瞬間、絵は立体からできてるものなのか、と衝撃が走った。表現が大げさだが、しかしこの衝撃を書き表すにはまだ足りない。それから私は立体を考えて描く、ということを覚えたのだ。それにデジタルでの色ぬりを始めたのもこの頃だ。高校1年生の頃から続けて貯めたバイト代で、あの5色のiMac、スキャナー兼プリンター、Photoshop5.5J学生版、Wacomのファーボの一番小さな奴を揃えた。正直今思うと、よくここまでやったな私感がある。総額いくらかかったのかとかは覚えていない。

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 そして大学に入り自分のウェブサイトを作り、イラストを公開していた。サイトはMovableTypeを使って構築したので運用更新についてはだいぶ楽ができた。この頃から今まで、あまり大きな出来事はない。ただ、この頃から何度も何度も、『私はもうこれ以上上手くならない』という思いに苛まれた。それは私にとって絶望にも似たような思いだった。プロになるのを諦めたのもこの頃だ。だが、その度に絵を描かなくなったのに、気がつけばまた鉛筆を取っている、そして少しだけ以前より成長している、ということを繰り返してきた。最近はそうやってスランプに陥っても、ちゃんと抜け出せるし少しでも成長できるということを学んだので、そもそも絵について落ち込むことがあまりなくなった。それが地味な変化だろうか。

 さて、思ったよりも長くなったがこれが私の絵を描く歴の概略だ。
 こうして絵を描いてきて思ったことの中に、絵が上手くならないとわからない上手さが存在した、ということがある。これが、冒頭で書いた技術をある程度得ないとわからない領域がある、という話だ。低レベルな例で恐縮だが、頭がボサボサしている髪型と頭のラインがきっちりと出ている髪型とを比べて、一番絵が下手だった頃は髪がボサボサしている方がうまく見えて、頭のラインがきっちりと出ている方はボサボサの髪が描けない人の逃げに思えた。それから少しうまくなると、頭のラインがきっちりと出ている方がちゃんと頭の形をわかっている描き方で、ボサボサしている方は頭の形がわからないからの逃げに見えた。けれどもさらに上手くなってみると、両者の髪型は等価に見える。結局、どちらも上手く描くには頭の形をわかっていなければならない。
 技術を手に入れると、と言うには大げさかもしれないが、しかし私はたったこれだけのことが自分がある程度上手くなってみないとわからなかった、と言う話である。だが、これと同じようなことは他の領域でもあるものなのではないだろうかと推測している。
 そして、絵はちゃんと上手くなる、と言うのも20年絵を描いてきて思ったことの一つだ。これは、何度ももう自分の実力は天井だと思っても、それでも少しづつは前に進んでこられた経験に支えられている。絵が劇的に上手くなる時期は最初の10年弱で終わってしまったかもしれないけれど、それでもジリジリと上手くなってきている、少なくともそう自己評価できるのは嬉しい。
 最後に、絵を描くのは楽しい。20年続けてもちっとも飽きない。ここは仕事として絵を描いている方にはまた別の意見もあるだろうが、趣味として描く範囲だとちっとも飽きない。絵を描くことの何が楽しいのかというと、構図だったり、色だったり、そういうものを考えながら描いて、『これだ!』と思えるものに出逢える瞬間が楽しいのだ。

 20年以上絵を描いてきて、辛かったこともたくさんあったけど、それでもたくさんのものをもらってきた。いつまで絵を描き続けるのかわからないけど、ずっとこのまま一緒に行けたらいいな、なんて思っている。

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*1: 上記がデジタル塗りを始めたばかりの頃の作だ。タイムスタンプを信じるならば、2000年の絵である。懐かしい。

*2:こちら最新作。今の所はお気に入りである。